MCT(monocarboxylate transporter)は、乳酸産生が顕著な臓器である骨格筋において細胞内外の乳酸の出入りを調節しているが、どのMCTアイソフォームが関与しているかの詳細は明らかではない。 そこで我々は、骨格筋細胞で乳酸輸送に関与するMCTアイソフォームを明らかにすることを試みた。その結果、骨格筋細胞における乳酸取り込みにはMCT1、排出にはMCT4が関与することが明らかになった。 一方、モノカルボン酸構造を有するスタチン系薬物には、重篤な副作用として横紋筋融解症が報告されているが、詳細な発症機序は不明である。そこでMCTを介した乳酸輸送と細胞内酸性化の関係およびスタチン系薬物との相互作用に着目して種々検討を行った。乳酸はpKa3.86の酸性物質であり、過剰に蓄積すると細胞内酸性化を引き起こし、アポトーシスを誘導することが報告されている。これまでの結果より、スタチン系薬物の骨格筋細胞障害性には、細胞内酸性化を伴うアポトーシス経路の関与が示唆された。さらにスタチン系薬物曝露により細胞内乳酸量の増大が確認された。この酸性化の原因を探るために骨格筋細胞からの乳酸排出に対するスタチン系薬物の影響を検討したところ、毒性の強いスタチン系薬物は乳酸排出を有意に抑制することが示された。さらに乳酸排出に関与するMCT4強制発現系を用いて詳細に検討を行ったところ、同様に毒性の高いスタチン系薬物により阻害効果が確認された。 次にスタチン系薬物による横紋筋融解症を回避する方法として、細胞内pH低下を抑制する手法を考案した。乳酸アシドーシスの治療薬であり、細胞内pHをアルカリ化する炭酸水素ナトリウムをスタチン系薬物と併用するとスタチン系薬物の細胞障害は抑制されることが示された。一方でin vivoにおける検討を行うためにスタチン系薬物のひとつであるセリバスタチンを用いて横紋筋融解症モデルラットの作成を試みた。セリバスタチン静脈注射後2時間まで濃度依存的に血中CPK値の上昇が認められた。次にセリバスタチンと炭酸水素ナトリウムを併用して同時投与したところ、セリバスタチンによるCPK上昇は抑制されることが示された。従ってin vitroおよびin vivoにおける検討から炭酸水素ナトリウムを併用することによりスタチン系薬物の筋障害は抑制されることが示唆された。
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