当教室にて切除された食道癌122症例の切除組織を用いて遺伝子発現を検討した。E2F-1、DARPP-32、Cyclin-D1、PEDFを対象として、免疫染色法を用いてそれぞれの遺伝子発現と癌の悪性度、予後との相関を調べた。E2F-1、cyclin-D1の過剰発現は癌の悪性度と正の相関を示し、これらの遺伝子を過剰発現している症例の予後は、そうでない症例と比較して有意に不良であった。更にE2F-1およびCyclin-D1をそれぞれの陽性例(+)、陰性例(一)を組み合わせて検討した結果、(-/-)、(+/-)(-/+)、(+/+)群の順に予後良好であり、(-/-)と(+/+)群の間に有意差を認めた。一方、DARPP-32の過剰発現は正常組織では見られず、dysplasiaでも2.2%の症例で認められるにとどまったが、食道癌組織では30.3%で認められた。しかしながら、DARPP-32の過剰発現症例は他の症例と比較して有意に予後が良好であった。DARPP-32のアイソフォームであるt-DARPPは食道癌細胞株では発現が見られなかった。また、PEDFは正常食道上皮組織でも見られたが、この遺伝子発現は悪性度と逆相関した。特に、PEDF発現低下は、リンパ節転移の有無と有意に相関した。以上のことから、E2F-1、DARPP-32、Cyclin-D1、PEDFの発現は、食道癌における悪性度の指標として遺伝子診断に用いることが可能であると考えられた。さらに、PEDF過剰発現細胞株は、周囲の血管内皮細胞の増殖・遊走能を有意に低下させることが明らかになり、これを用いた遺伝子治療の応用が考えられた。
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