口腔癌患者では平均して30%に頸部リンパ節転移がみられる。転移が浅頸リンパ節に波及したり周囲に浸潤した場合、病変を完全に切除することは困難となる。このような進展症例に対する口腔癌のウイルスベクター遺伝子治療を成功させるためには、原発巣と頸部リンパ節転移巣を対象とした研究が必要である。1)肺転移能を有する口腔扁平上皮癌細胞FIをヌードマウス頬部に移植した結果、皮下腫瘍の形成と顎下リンパ節転移ならびに肺転移が認められた。2)単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の神経障害遺伝子であるγ_134.5遺伝子を欠損した変異型HSV-1R849を各種口腔癌細胞に感染しウイルス産生量を測定した結果、感染多重度に依存してウイルス産生が増加した。さらにMTTアセイとトリパンブルー排除試験にて、R849の複製に伴って口腔扁平上皮癌細胞の生残率が低下することを確認した。3)口腔癌細胞におけるR849による腫瘍細胞融解効果を増強するために、白血病細胞の分化誘導剤でありHSV-1の再活性化を誘発することが報告されているヘキサメチレンビスアセトアミド(HMBA)存在下でR849感染を行ったところ、ウイルスの前初期遺伝子ICP0、ICP4、ICP27の転写の亢進がみられ、R849の産生量は増加した。4)HSV-1感染の局所では免疫細胞による活性酸素の産生がみられる。そこで、HSV-1感染に対するH_2O_2の影響につき検討した。その結果、H_2O_2処理にて感染上皮細胞からのウイルス放出が顕著に促進されることが明らかとなった。さらに電子顕微鏡観察で、細胞膜の断裂、細胞間境の拡大がみられ、これに伴ってウイルス粒子の細胞外への漏出、細胞間境からの拡散が認められた。このようなHSV-1複製過程に影響を及ぼす因子の研究を通じて、R849の実験動物での口腔癌融解効果の増強を図る方針である。
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