本研究は、アジア太平洋における専門・技術職国際移動者(professional migrants)の生存戦略およびネットワークに関して、オーストラリアの状況を中心に考察している。主な調査対象は、華人(マレーシア、シンガポール、香港等の出身者)であるが、比較の上から、東アジア、東南アジア出身の「アジア系」も視野に入れている。 本年度は、まず1990年代以降のオーストラリアの専門・技術職国際移動者の受入政策、多文化主義政策について、基本的文献の収集を終え、分析を始めている。オーストラリアの受入政策はより経済、技術的に「強い」移民を増加させており、それがこれまでの「社会福祉的」多文化主義像の再考を促していることが明瞭になってきた。 また、マレーシア、シンガポール出身者による複数のアソシエーションのリーダーへのインタビュー、活動のフィールドワークにより、彼らの活動がまさに専門・技術職従事者の集団であるからこその自律性とときに国境を超える拡がりを持ち、またオーストラリアの多文化主義に貢献し得ている状況が浮き彫りとなった。調査を続け、私的領域、公的領域におけるオーストラリア市民意識と文化的遺産やルーツの使い分けの様相と、その多文化主義との関係を理論化することが来年度の課題である。 さらに、上記のインタビューを通じて、より進んだ社会統合の様相としての専門・技術職国際移動者の政治参加というテーマが新たに鮮明になった。現在連邦、州レベルで9名のアジア系政治家が活躍し、市長、市議会議員も生まれている。その多くが専門・技術職のキャリアを持つ。本年度は連邦、州レベルの5名を含めて、10名の政治家にインタビューを行った。来年度もインタビューを継続し、彼らにとっての「アジア系」であることの意味と戦略的位置付けについて、オーストラリアとアジア諸国との国際関係を踏まえつつ、分析を進める予定である。
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