研究概要 |
生物時計によるサーカディアン(概日)リズムの発生機構が分子遺伝学的手法により近年活発に研究されている.哺乳類においては視交叉上核(SCN)に体内時計が存在することが明らかとなり,負帰還機構に基づく時計発振遺伝子の転写制御が発振の原理であることなどが明らかになりつつある.本研究期間において,非線形力学系の定性的分岐理論に基づいた解析により,生体リズムの本質的機構を解明することが目的である. 研究実績の概要は次の通りであり,申請時において設定した目標を達成させることができた. 1.時計遺伝子によるタンパク質の合成・分解のサイクルをモデル化した自律系常微分方程式系の解析を行った.。系に含まれるパラメータを変化させたとき,安定な平衡点と安定なリミットサイクルのそれぞれの存在領域には重なりが存在する.すなわち,遺伝子リズムを発現する分子に光刺激を単発的に注入したとき,発振状態が停止する可能性を示している.独自に開発した「定性的分岐理論を適用した分岐集合計算アルゴリズム」を利用して,この硬い発振がみられる現象を詳細に解析し,発生メカニズムを解明した. 2.時計遺伝子モデルに光刺激として周期的矩形波外力を印加し,サーカディアン・リズムの同期問題を検討した.従来までの解析では,光刺激のモデルとして正弦波や矩形波を仮定したシミュレーションが行われており,両者に違いはないと考えられてきた.解析により,矩形波を印加した系においては周期倍分岐が特徴的にみられ,カオス解が比較的容易に観察されることなどの性質が明らかとなった.外力の振幅が振動解の性質に与える影響について生理実験との対応を検討した. 3.明暗サイクルとして矩形波列と正弦波の2種類の周期的外力を注入した時計遺伝子モデル系を対象とし,解析により,明暗サイクルに引き込まれるパラメータ領域や,2つの系にみられる振動現象の性質の違いが明らかとなった.概日システムへ与える光の効果がアカパンカビとショウジョウバエに対して異なる可能性を示唆する新しい結果が得られた.すなわち,アカパンカビや哺乳類の概日システムにおいて,光は遺伝子の転写を促進する効果があるが,ショウジョウバエにおいてはタンパク質の分解を促進する効果をもつことが数理的に例証された.
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