アメリカの図書館学者ピアス・バトラーは、20世紀前半のシカゴ大学大学院図書館学研究科において書物史や書誌学の研究教育に力を注ぐとともに、図書館学を一つの学問分野として発展させるための試論を提示した。本研究は、これまでのバトラー評価を参考にしつつも、彼の理論面を中心とした従来の評価にとらわれず、バトラーの図書館学を総合的に論じる。それには、バトラーのニューベリー図書館における彼の実践をメディア論の観点から再検討することによって、今日的な視点でバトラーの図書館学を位置づけることが可能と思われる。そこで、これまで印刷史研究分野では高く評価されてきたニューベリー図書館のインクナブラ・コレクションを、バトラーの図書館学の具体的・実証的な裏づけとして検証するために、シカゴに長期出張を行った。当図書館においては、バトラーの編集した当該図書館インクナブラ目録、保管されている当該図書館ニューズレター、そして、バトラー自身が作成したインクナブラの購入計画メモおよび購入記録メモ等を閲覧し検証した。バトラーがニューベリー図書館に在職中に、コレクション構築のために購入したインクナブラは約1300点であった。バトラーの購入記録メモからは、彼が選択したインクナブラが、活字体の変遷を示す様々な活字の実例として、また、書物形態の変化のプロセスの具体的な諸相、例えば、タイトルページの出現、ページ付けの登場、図書の索引機能の出現などを示す実例として、さらには、小型本の登場、学術出版の広がりなどの15世紀における印刷術の普及と発展のプロセスを示す実例として、それぞれ尊重された結果であることがわかった。このようにして構築されたコレクションには、バトラーのそれぞれの作品に対する印刷史的・書物史的な価値判断が反映されていることを見てとれた。
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