アメリカの図書館学者バトラーについての研究は、従来、彼の後年の著作を中心に評価されてきた。本研究では、バトラーの著作だけではなく、ニューベリー図書館での実践とその理論的背景をも考慮しつつ、彼の図書館学をメディア論の観点から再考した。昨年度実施したシカゴ・ニューベリー図書館のインクナブラ調査を踏まえて、平成17年度に再度同館を訪れ補足調査を行った。その結果、バトラーが収集した当該館のインクナブラは、15世紀ヨーロッパにおける印刷術の出現と普及、ならびに近代的書物の形成過程を示す代表例であったことが明らかになった。すなわち、バトラーは、15世紀後半のヨーロッパで稼動していた様々な印刷所の代表的な図書を集めるとともに、活字体の変遷を示す様々な活字の実例、あるいは標題紙、ページ付け、目次、索引などの印刷本特有の機能の発展段階を示す実例などを優先的に収集し体系的コレクションを構築したのである。また、バトラーは印刷術発明と普及の影響を、書物形態の変化という分析書誌学的な興味からばかりではなく、多様な思想の表現、近代科学の発展、学術出版の広がり、著作者の権利意識の高揚、母国語出版物の普及による言語の標準化、等々の社会的・文化的な変化にも目を向け、より広範な視野から捉えようとしたことがわかった。 バトラーの図書館学の基礎にあるこの書物史観は、印刷術発明の社会的・文化的な影響を人間精神や社会構造の変化として解き明かそうとした20世紀後半のメディア学者たちの視点と共通する。バトラーによる書物の社会史的な論考は、今日の研究と較べるとその論証や実証性に不十分さが見られるものの、書物を社会史との関わりで捉え、印刷術の発明をメディアコミュニケーション革命として位置づけようとした今日のメディア研究と同様の視座を持つ、いわば先駆的存在とみなすことができよう。
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