視線は、「心の状態」を表すと言われている。今年度は、対面場面で、ある心的状態における視線の方向(眼球の動き)を、社会的信号理論からの検討を試みた。従来、心的状態と眼球の動きには、一定の関係が想定されてきた。例えば、空間的課題に対する眼球の動きと言語的課題に対する眼球の動きの差異は、LEM(Lateral Eye Movement)などの理論により説明されて来た。しかしながら、本研究では対面場面での眼球の動きを社会的信号理論(Social Signal Theory)と捉え、この視点から検討した。大学生を対象に、次のような実験場面を設定した。実験者は、被験者と向かい合い、2つのタイプの質問をする。1つは、思考質問と呼ばれるもので、答える際に思考を必要とする。例えば、「時速60キロで走る車が、1時間半走ると何キロ進みますか?」といったような質問である。もうひとつは、知識質問と呼ばれるもので、「この大学の名前は何ですか?」といったような、特に、思考を必要としない質問である。それぞれの、10個ずつ質問を用意し、ビデオカメラにより眼球の動きを記録した。眼球の動きのコーディングは、上下左右、右上・右下・左上・左下を入れて8方向、さらに、まっすぐ前を見ていた場合を加えて、9タイプに分類された。カナダでの先行研究では、知識質問においては、視線は優位に動いたのに対し、思考質問では、眼球は右上に動いた。社会信号理論からは、思考を中断されないようにとの信号を社会的パートナーに送るための社会文化的な活動を反映したものであろうと考える。しかしながら、今回の本研究プロジェクトにおける結果は、知識質問、思考質問いずれに対しても、眼球は下方に動いた。このことから、眼球の動きは単に課題のタイプと結びついた脳活動を反映しているだけではなく、implicitに獲得した社会的信号である可能性が示唆された。さらに、このような社会的信号が文化的な影響を受ける可能性も示された。逆に言えば、文化的に異なるということは、社会的信号理論の証左とも考えられる。来年は、アンドロイドを用いて同様の研究を進めるつもりである。
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