本科学研究費補助金では、誤信念課題に代表されるような明示的な心の理論の前駆となるものとして、暗黙的なもしくは暗示的な心の理論の発達および進化に焦点を当てた。これは、近年提唱されている、社会的認知におけるデュアルプロセスに対応するものである。すなわち、視線追従や生物学的動きの判断に代表されるように、半ば無自覚的に働く処理が暗黙的な心の理論に相当し、他者の心的状態を推測するといったようなより高次の処理が明示的な心の理論に相当すると考える。4年間を通じて本研究で得られた成果は、次のようである。以下、主な成果を抜粋して概略する。 1)ヒトは発達の極めて早い時期から、他者の反応に高い感受性を持っている。この特異的な感受性を有するが故に、他者(母親)とのやり取り(turn taking)が可能となるのである。乳児の働きかけに、適切な時間で応答することを「社会的随伴性」と呼ぶ。従来、生後4ヶ月からこのような社会的随伴性に対する感受性が観察されてきたが、われわれは、ダブルビデオパラダイムを用いて、生後1ヶ月でも社会的随伴性に対する感受性の萌芽を発見した。 2)視線は、コミュニケーションにおいて極めて重要な役割を果たす。先行研究では、眼球の動きは人の思考過程を反映するとの報告もある。ここでは、対面場面において、相手の質問に答えるという状況を設定して、思考過程における眼球の動きを(方向)を分析した。すなわち、被験者に対面する実験者は、すでに持っている知識質問および多少時間をかけて考えなければ回答できないような思考質問を与え、回答時の眼球の動きを記録した。その結果、北米では、思考時に左上方に眼球の動きが見られるのに対し、日本では、下部に動くことが観察された。われわれはこうした眼球運動は、コミュニケーションの場面で有効に作用する社会的シグナルと考える。見かけが人に酷似したアンドロイドロボットを用いて同様の実験をおこなったが、人に類似した結果が得られた。 3)ヒトは抑制機能を2-5歳にかけて著しく発達させるという。本研究では、チンパンジーを対象に、ヒト5歳児と同じ方法で、コンピュータのタッチパネル版カード分類課題をおこなわせた(DCCS)、比較をおこなった。その結果、チンパンジーでは3歳児同様、スイッチングが困難であった。
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