生体分子系に対する分子動力学計算の最大の問題点は、クーロン力の計算に膨大な時間が必要なことである。そのため、高速多重極法(FMM)や粒子メッシュEwald(PME)などの高速アルゴリズムが用いられるが、生体膜-膜タンパク質などの計算に一般のPMEや周期FMMを用いると、膜の規則的積み重ねに起因するアーチファクトが危惧される。以上のような背景の下に、本研究では、我々の開発したセルの階層性を利用する周期FMMの擬二次元周期系への適用を計画した。その結果、まず、中核的な変換操作である多重極-局所展開変換が、ビリアルに対して、変換行列の格子依存性と多重極展開の格子依存性から二種類の寄与を生じることを明かにした。後者はNaCl結晶などに生じないためこれまで見逃されていた。この寄与の求値のため、周期FMMの計算量はO(N)ではなくO(NlogN)となる。一方、基本セルの双極子がビリアルの計算精度に大きな影響を与えることも明かになったが、この影響を効率的に排除するための手法については今後の検討課題となっている。また、周期境界FMMにおいては、近傍セルとの相互作用についての計算が膨大となる。この部分の高速化のため、我々の開発した高速アルゴリズム/専用計算ボード併用方式をさらに発展させ、専用計算ボードを装着したPCのクラスタ計算システムを開発した。今後も、ビリアルの精密求値についての検討を継続し、高精度の周期FMMを完成させた上で、周期境界条件に起因するアーチファクトの排除に取り組む予定である。
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