近年研究が進められている漸次的持続活性に関する神経生理学的・計算論的知見は、脳における短期記憶の想起が、初期状態に連続的に依存するアトラクターを持つ力学系(連続アトラクター力学系)により記述されることを示唆する。本研究は、脳が長期記憶(事項の膨大なネットワークとして脳内に保管されている)から短期記憶を状況依存的に想起することに倣い、実世界における様々な複雑ネットワーク(インターネット/WWW、論文引用関係、人脈、遺伝子・生化学反応ネットワーク、企業間取引ネットワーク、等)から、ユーザの「課題」に応じた情報を、連続アトラクター力学を用いて読み出すことを提案する。複雑ネットワークの各ノードにヒステリシスを持つニューロンを、リンクにシナプス結合を対応させ、「課題」を神経活性パターンの初期状態で表現する。各ニューロンに賦与されたヒステリシス特性は、安定な連続アトラクターを生成する上で本質な役割を果たす。連続アトラクターとして得られる収束活性パターンが、読み出し情報を表現する。この提案アルゴリズムを論文引用関係ネットワーク(神経科学に関する約30万本の論文から成る)に適用し、初期状態として入力された課題に対して適切な文書群およびそれらの間の関係が抽出されることを確認した。例えば、入力"graded persistent activity and neural integrator"に対して抽出された文書群の引用関係を可視化することにより、この課題に関して、どの研究が主あるいは従であるか、さらにどの研究からどの研究への流れが主流あるいは支流であるかを把握することできる。実際のニューロンが果たして提案アルゴリズムで仮定したようなヒステリシス特性を有するかどうかを確認するために、サル帯状皮質から記録された漸次的活性を解析した。ヒステリシスがある場合の特徴である周波数の二山分布が観測された。これらは、提案アルゴリズムが実際の脳におけるものと同じ様式を用いて情報を読み出すことを示唆する。
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