フェロモンの情報処理に関わる鋤鼻神経系の役割を検討するために、ラット由来の鋤鼻器および副嗅球ニューロンの共培養系をin vitroの実験モデル系として開発した。本年度は、共培養下での鋤鼻・副嗅球ニューロン間の相互作用により、両部位のニューロンの分化や成熟への影響、回路の形成や修飾などへの影響について検討し、以下のような成果を得た。 1.共培養下の鋤鼻細胞塊に、フェロモン物質を含有している尿を微小電極から電気泳動的に添加したところ、添加した尿への応答と考えられる一過性のCa^<2+>上昇を示す鋤鼻ニューロンが観察された。この応答を示す鋤鼻ニューロンは培養鋤鼻細胞塊中の一部に局在しており、全ての鋤鼻ニューロンが均一に応答を示すわけではなかった。 2.鋤鼻ニューロンの尿に対する応答は、共培養下でのみ観察され、鋤鼻単独の培養下では全く見られなかった。このことは、共培養による副嗅球からの影響により、鋤鼻ニューロンが成熟することにより、尿内のフェロモン物質に対する応答性を獲得するようになったことを示唆している。 3.培養鋤鼻ニューロンの尿に対する応答性の獲得は、共培養開始から2〜3週間頃から観察でき、これより以前には見られない。共培養下での鋤鼻・副嗅球ニューロン間のシナプス形成もほぼ同じ期間を要するという前年度の成果とも一致する結果である。 4.フェロモン物質への応答性の基礎となるフェロモン受容体の発現に関して、フェロモン受容体V2Rファミリーに属するVR1およびVR4について抗体を用いたウエスタンブロッティング法で調べたところ、フェロモン受容体の発現が副嗅球と共培養することによって誘導されるということ、経時的に共培養1〜2週後に発現量は急激に増加し、3週目にプラトーに達することなどが判明した。この発現量の経時変化は応答性の獲得ともよく一致している。 5.鋤鼻ニューロンの変化に並行して、共培養による副嗅球ニューロンの変化に関しても共焦点レーザー顕微鏡を用いた免疫染色標本の観察により解析した。副嗅球ニューロンでは、共培養により1ニューロン当たりのスパイン数が減少した。しかし、シナプス前終末と明白に対向しているスパインの割合は高くなっていた。また、スパイン頭部の体積は共培養下では有意な増加が見られた。これらの変化は、Conditioned Mediumや両者をディッシュ内で完全に分離した培養条件では観察されず、両者の直接的な接触が必要であることも判明した。以上のことは、鋤鼻ニューロンからの接触および入力がが副嗅球ニューロンで構成される中枢内回路の形成に修飾作用を及ぼしていることを示唆している。
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