マウスの水平性眼球反射の適応の実験パラダイムにより、1時間の練習により獲得される運動学習の記憶は小脳片葉の平行線維-プルキンエ細胞のシナプスに形成されることを、破壊実験、薬理学、遺伝子ノックアウトマウス、電子顕微鏡による微細構造の解析により確認した。さらに1週間の練習で形成される長期の運動学習の記憶痕跡は、片葉のプルキンエ細胞の出力先の前庭核に形成されることを、薬理学および急性標本を用いた電気生理学の実験により証明した。この結果は、「運動記憶はどこに形成されるか」をめぐる小脳皮質の運動学習における役割についての20年来の論争に決着をつけるものであり、さらに記憶痕跡が時間経過とともに神経回路をシナプスを越えて転移するという概念を、実験的に検証するものである。この見解が動物種を超えて普遍的なものであるかどうかをサルを用いて検討した。倍率2倍のレンズを無麻酔覚醒のサルに装着し、眼前にある静止するチェックパターン状のスクリーンを眺めさせながら、2時間持続的に回転台の正弦波状回転による前庭トレーニングを行うと、HVORに適応が生じ利得が0.15程度増加した。この利得の上昇は24時間以内に回復した。次にこのようなトレーニングを3日間持続的におこなったが、やはり短期適応による利得の増加が生じるものの、長期適応による利得の増加は見られなかった。マウスのHOKRの長期適応の場合、1週間トレーニングを行うと長期適応が生じ利得が増加するが、1週間以上行った場合には、長期適応が飽和レベルに達し、1時間のトレーニングを繰り返しても、短期適応による利得の増加は生じるが長期適応による利得の増加はもはやおこらない。サルのHVORの場合は同様で日常生活のなかですでにHVORは長期適応を飽和レベルまでおこしており利得に長期適応が生じない、そのために短期適応しかおこらないと解釈される。
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