研究概要 |
ロテノンは一般的なミトコンドリア呼吸鎖・電子伝達系のcomplex Iの阻害剤であるが、脳に慢性的に投与するとドーパミン神経が特異的に変性する。この理由は明らかではないが、ドーパミン神経に高濃度に存在するドーパミンそのものと関連すると推察できる。そこでロテノンによるドーパミン細胞死のシグナル機構を研究するために、モデル系としてドーパミン含量の高い細胞株を探索した。様々な神経由来の細胞株のドーパミンおよびその代謝物のDOPAC, HVAの濃度を測定したが、神経芽細胞腫のNeuro2a, TGW, SK-N-SH, SK-N-MC細胞にはいずれもほとんどドーパミンは含まれていなかった。SH-SY5Y細胞は樹立当初の報告ではノルアドレナリンを産生するとされており、現在でもしばしばドーパミンのモデル細胞として用いられているが、実際はほとんどドーパミンを産生しなかった。これに対して、副腎髄質褐色細胞腫のPC12細胞は脳の黒質・線条体に匹敵する量のドーパミンを含有していた。これらの結果からPC12細胞をモデル系とした。ロテノンは濃度、時間依存的にアポトーシスの生化学的指標であるDNAの断片化を誘導した。このとき細胞膜の統合性が保たれている最もアポトーシスの状態を反映していると考えられる条件で以下の実験を行った。ロテノンは活性酸素種の産生を顕著に増加させたが、様々なキナーゼカスケード即ちJNK経路・MAPK経路の活性化は起こさなかった。これらの結果は同じドーパミン神経毒のマンガンとは対照的であった。一方、Bcl-2、カスパーゼ阻害剤のZ-VAD-fmkはマンガン誘導性アポトーシスと同様にロテノン誘導性アポトーシスを抑制した。以上の結果からロテノンはマンガンと同様にパーキンソン病に似た運動障害を起こすが、その細胞死を起こすシグナル機構は異なる一方Bcl-2、カスパーゼなど共通の作用点をもつことが明らかとなった。現在、これらの知見をもとにロテノン誘導性アポトーシスを阻害するドーパミン神経保護物質を創製している。
|