マウスストレスモデルを2種類作製した。1つは強制水泳(直径20cm水深30cmの円筒形水槽で5分間の水泳)で、もう1つは新生仔分離(生後1刊4日の新生仔を母親から3時間分離する)である。これらのストレスモデルの行動解析を行ったところ、強制水泳ストレスを3週間負荷したマウスでは、不安の亢進を示唆する結果が得られた。新生仔分離を経験したマウスでは明らかな変化は観察されなかった。今後更に詳細な解析が必要であると考えられた。一方で、これらのストレスが成体脳における神経新生に与える効果を調べるため、2つの方法を用いた。1つは核酸類似物質であるBrdUによる分裂細胞標識で、成体脳では脳室下層や海馬に存在する、分裂能を有する神経前駆細胞がラベルされる。強制水泳ストレスによって、脳室下層や海馬の分裂神経前駆細胞の数が減少する一方で、新生仔分離ストレスでは逆に分裂神経前駆細胞が増加することが判った。この現象の原因を探るため、もう1つの方法であるneurosphere assayを用いた。これは、成体脳の脳室下層に存在する神経幹細胞をin vitroで培養するものである。強制水泳ストレスによって、脳室下層の神経幹細胞は減少していたが、新生仔分離ストレスでは逆に増加していた。これらの結果は、様々なストレスが脳内の神経幹細胞に直接作用し、成体の神経新生を調節していることを示している。ストレスが神経幹細胞におよぼす効果の分子機構として、副腎皮質ホルモンとセロトニンに注目した。副腎皮質ホルモン(マウスでは主にcorticosterone)はin vitroにおいてneurosphereの形成を阻害し、また副腎摘出したマウスでは慢性ストレスの効果がみられなくなることから、ストレスによる神経幹細胞の減少は主に副腎皮質ホルモンによると考えられた。一方、抗うつ薬の投与によって脳内濃度が上昇すると考えられているセロトニンは、in vitroにおいて神経幹細胞の生存効果を高めることにより、neurosphereの形成を促進した。哺乳類では14種類以上のセロトニン受容体が存在するが、それぞれのセロトニン受容体に対する特異的作動薬や阻害剤を用いた実験により、セロトニンの神経幹細胞に対する効果は神経幹細胞に発現している5-HT_<2C>受容体を介すると考えられた。また、セロトニンの脳室内投与により、成体脳内の神経幹細胞数が増加した。以上の結果から、成体脳における神経幹細胞の数はストレスによって変動し、その分子機構として副腎皮質ホルモンおよびセロトニンの働きが明らかになった。
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