研究概要 |
理学療法で用いられている様々な物理刺激が生体に及ぼす影響や作用機序などについては不明な点が多いため,各種物理刺激の作用部位や作用機序を明らかにするとともに,治療効果の判定を客観的所見に基づいて行い,より安全で有効な具体的方法を確立しようとした。今回の助成金によって行われた研究の概要は以下の通りである。 1)磁気刺激が神経再生に及ぼす影響 正常の末梢神経では神経成長因子の発現は非常に微弱であるが,挫滅損傷を与えると,損傷部付近に神経成長因子の免疫反応が明確に検出されるようになった。電子顕微鏡による観察では,損傷部付近に存在するシュワン細胞や線維芽細胞の細胞質,シュワン細胞の基底膜,再生軸索の細胞膜,再生軸索内の小胞に免疫反応が観察され,神経損傷によって発現するようになる神経成長因子が神経再生に何らかの影響を与えていることが示唆された。また,損傷直後よりも損傷1日後に磁気刺激を与えた方が神経成長因子の発現がより強くなることも明らかになった。これまでの我々の観察では,損傷半日〜1日後から損傷部付近へのマクロファージの浸潤やシュワン細胞の細胞分裂,細胞質の肥大が起こっており,損傷直後よりもマクロファージやシュワン細胞,線維芽細胞が損傷に反応して活性化された時に磁気刺激を受けた方がより大きな効果が得られる可能性を示唆している。 2)電気刺激が末梢血液循環に及ぼす影響 手指の皮膚温度は,傍脊柱組織を3Hzや5Hzの電気刺激によって上昇するが,10Hzや30Hz刺激では有意の上昇は認められなかった。また,5Hzの電気刺激を第7頚椎の傍脊柱組織に与えると手指の皮膚温度は上昇するが,第3胸椎の高さに与えても,手指の皮膚温度は上昇しなかった。血流量の測定においても,3Hzや5Hzの電気刺激において有意な増加が認められた。これらの所見は自律神経反射弓を介して,電気刺激が皮節内において遠隔地の局所血流に影響を及ぼしていることを示唆している。今回使用した電気刺激の強度では,疼痛や不快感を訴えた被検者はおらず,また,心拍数や血圧にもほとんど影響を及ぼさなかったことから,今回行った電気刺激療法は,受傷直後から組織損傷の修復や再生を促進する手段として臨床的に応用が期待される。 3)筋伸張が損傷筋の再生に及ぼす影響について 下り坂走行により筋線維は腫脹,蛇行し,電子顕微鏡的にも筋原線維やZ-線の乱れが観察されたが,筋細胞膜の破綻はなく,筋損傷は筋線維内に限局していることが明らかになった。また,走行1〜2日後では,損傷された筋線維の細胞膜に沿ってフレア状の細胞質が出現し,超微形態的にこの領域はリボゾームやミトコンドリアによって満たされていることから,筋の修復・再生像である可能性が示唆された。 4)切断された筋線維における修復過程 筋線維を切断すると,開放された損傷部では変性した筋原線維が密集しているが,3時間以内に変性した筋原線維は融解し,そこにミトコンドリアが集積する。また,ミトコンドリアの集積部と筋原線維残存部(生存部)の間には多数の小胞(T管や筋小胞体に由来)の癒合(境界膜)も観察された。切断6時間後では境界膜によって隔離された領域では変性したミトコンドリアが集積し,開放部の栓として働いていた。筋線維の修復は遅くとも12時間以内に完了し,これに続いてマクロファージの浸潤,筋の再生が順を追って進行しており,損傷筋における修復過程はこの後に続く筋再生に重要な意味を持っていることが示唆された。
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