我々が日常的に行う動作にはPreferred Paceと呼ばれる快適な動作速度が存在し、個人内で一貫性が高く個人差が大きいことが知られている。そして、例えば並んで歩く場面のように他者と動作を共にする場合には、この「私」の速度をいったん離れ、個体差や年齢差を超えて共有できる速度を探し当て調整することが求められる。本研究では他者との相互交渉場面におけるPreferred Paceの作用特性を中心に検討した。1章ではPreferred Pace研究を概観し、速度調整がもたらすコミュニケーション機能について述べた。2章では動作速度と気分との関係を2つの実験から検討した。個人が持つPreferred Paceの遅速の影響は「ゆっくり」速度遂行時に認められ、Preferred Paceの遅い人は速い人よりも快感情評価が有意に低いことを明らかにした。3章では外的規制速度への速度調整が心身にもたらす影響について、タッピング課題と歩行課題を用いて検討し、遅い速度への同調時に生理的及び心理的負担が大きくなることを指摘した。4章では他者との身体的交流場面を分析し、個人が持つ他者への意識と実際の行動との関係について実験的検討を試みた。5章では速度調整研究の応用として、他者の表現動作観察時の印象評価実験と子どもの縄跳び運動における速度調整実験を行った。 本研究成果は体育学領域における知見を生かして身体的コミュニケーション研究にアプローチし、心拍・呼吸を中心とする指標を用いた実証的研究を行なった点に意義があった。また、他者の動作速度に対する自己の動作速度の調整がコミュニケーション・スキルの重要な一要素であることを確認し、身体的コミュニケーションの成立モデルを構築した。
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