本年度の研究として、(1)『陸軍軍医学校防疫研究報告』2部の分析、(2)米国および(3)フランスにおける文献および博物館の資料調査に取り組んだ。そのうち特に成果がえられたのは、(1)と(2)だ。 (1)の『陸軍軍医学校防疫研究報告』2部は陸軍軍医学校防疫研究室の研究紀要で、1939末から1944中旬までの4年半の間に、約950点の論文を刊行した。同報告の論文には何本か外国文献の翻訳がある。勘定の仕方で変わるが57本ないし65本ある。多くは細菌戦(生物戦)に関するものだが、J.ボルデの「伝染病免疫論」(1939年)が訳出されている。ボルデは、1919年にノーベル生理学医学賞を受けたベルギーの免疫学者である。また生物兵器の歴史では有名なL.A.フォックスの1933年の論文も訳出されている。それなりに目配りが効いている。 それ以外で、特に本論文集が陸軍軍医によるそれであるという観点から目を引いたのは、1937年のドイツの細菌兵器を翻訳した論文に付けられた序文である。それは、原論文は生物兵器の使用は国際的に禁止されているため、生物兵器に限定的な役割しか与えないが、これは公開を前提とした文献としての国際的な配慮であり、それを真に受けてはいけないという、外国文献の読み方を軍医たちに教えているともとれる。 (2)については、米国議会図書館において軍需省発足(1943年11月)直前にまとめられた軍事物資供給体制を再編成するための方策を記した文書を発見した。これは戦争の深化によって、諸外国から精密工作機械などの輸入が止まったことや資源の枯渇に対応するための方策だった。来年度はこれら議会文書の分析がひとつの柱となる。
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