3年間、化学物質による地域環境リスク管理の市民参加・リスクコミュニケーションの比較研究を行ってきたが、この分野で一番大きな影響を及ぼしたのは、EUの化学物質戦略の動向である。欧州では、物質ごとの管理から、工場プロセスの総合的汚染管理(Intergrated Pollution Control)への変化が、予防的アプローチと結びつき、2007年6月のREACH規制施行へとつながっていった。REACH規制は、流通・使用されている化学物質の安全性評価の責任を従来の行政から企業へと移行させ、化学物質の製造・使用というサプライチェーンのなかで事業者に安全性情報の伝達を義務付けた、画期的な規制である。サプライチェーンにおける情報伝達、コミュニケーションシステムの構築が事業者にとって重要取組事項となったのと同時に、地域の環境リスク管理のために市民がどのように事業者とコミュニケーションを図るか、地方自治体はどのような役割を果たすのかも欧州のアプローチを実効あらしめるための大きなポイントとなった。欧州では、REACHに先駆けオーフス条約により、市民の意思決定過程への参加、訴訟参加、情報取得を権利として認められている。こうした市民参加の枠組みを背景に、様々なNGOが化学物質管理におけるリスクコミュニケーションを促進するための活動をはじめている。一方、わが国においても1999年にPRTR法が制定され、市民、事業者、自治体のリスクコミュニケーションのための前提が整えられた。さまざまな自治体でPRTRデータを活用するための地域対話や勉強会、HPによる情報提供が積極的に行なわれ始めたが、一般的には市民化学物質による環境リスクへの関心は高くない。国際的にはSAICM(国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ)が2020年までに「化学物質の影響を最小限化」の目標を規定しているが、この達成のためにわが国の市民意識をどう向上させるか、より総合的な化学物質管理の枠組みの下で市民参加の位置づけを明確にすることが必須となってきている。
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