今年度は戦後ベトナムにおける「英雄宣揚」について研究を進めた。ベトナムにおける「英霊化のメカニズム」の一端は「英雄宣揚」によって担われている。公的な儀礼でいえば、「英雄宣揚」によって代替されているといってもよい。「英雄」の約4割が「烈士」(戦死者)であり、「英雄」の最も典型的なタイプは、キン族・男性・党員である。地域的には、特に旧北部に著しく偏っているわけではない。欧米の「英雄祭祀」においては何かと「男性性」が問題とされるが、ベトナムの特徴は、「英雄」の中に、割合は低いものの相当数の女性が入れられていることである。「英雄」の表象としても女性は重要な位置を占めている。また、戦争未亡人ではなく、母親を「英雄的ベトナムの母」として顕彰しているのも、ベトナムの特徴的なところであろう。これは一面で、戦死した兵士に未婚の若い男性が多かったことを物語っている。「英雄宣揚」の時期的な変化について見てみると、抗仏戦争中の1950年代初頭から「英雄宣揚」は本格的に開始され、ベトナム戦争中から中越戦争の時期まで活発に行なわれていた。しかし、1980年代、「英雄宣揚」は低調になり、ドイモイが開始されてからもしばらくは、その状態が続いていた。90年代のなかばになって、「英雄宣揚」は再び活発化するようになった。大きな傾向としては、「労働英雄」の比重が次第に高まってきている。
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