本年度は、退役軍人と「青年突撃隊」隊員における「戦争の記憶」を聞き取り調査を行い、研究した。 「ベトナム退役軍人会」は「退役軍人」をベトナムの社会主義体制・共産党一党支配体制の支持勢力とするために「上から」組織された組織である。聞き取り調査を行なった北部ナムディン省ハイソン社の例に見られるように、北部農村においては、「退役軍人」は共産党員の有力な供給源であり、共産党の強力な支持基盤となっていると考えられる。ハイソン社は比較的、士官級の「退役軍人」が多く、そのこと自体の威信および士官級の党員が多いことから、「退役軍人」が政治に及ぼす影響力は大きい。しかしながら、「ベトナム退役軍人会」は「退役軍人」全体の半数程度しか結集できていない。軍人恩給制度・顕彰制度などに対する「退役軍人」の不満は強く、また退役後に農民として、あるいは恩給生活者として暮らす彼らは、社会の発展から「取り残され」、豊かになれない不満を胸底に抱えているように思われる。「退役軍人会」が「退役軍人」の利益を十分に代弁できていない面があり、それが加入率の数字に反映されているのではなかろうか。とはいえ、「退役軍人会」やインフォーマルな「兵士の会」等は「退役軍人」の相互扶助・親睦のための組織として重要な役割を果たしている。ハイソン社の「退役軍人」たちは戦争体験をあまり若い世代に語り継いでいこうとしていない。個人としても、組織としてもそうである。これは単にハイソン社のみならず、ベトナム全体でもいえることである。 「青年突撃隊」は正規の軍隊ではなく、ベトナム戦争期には10代後半から20代前半の青年を志願制で募集し編成した。直接の戦闘には従事しないものの、軍隊の後方支援や道路・橋梁建設などを任務とした準軍事組織であった。ベトナム戦争期、「青年突撃隊」は種々の理由で人民軍隊に入隊しなかった、あるいはできなかった青年男女20万人以上が参加した。この組織は、人民軍隊や民兵・ゲリラとはまた異なったかたちで、当時の旧北ベトナムの青年たちを戦場へと動員する有力な枠組みとなったのである。「青年突撃隊」は、人民軍隊より一段低く見なされていたが、正規兵以外の青年男女を戦場に動員し、「ムラの若者」から「くにの若者」へと改造していった。
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