本研究はベトナム国内においてベトナム戦争に関する聞き取り調査を行ない、ベトナムの人々が現在、どのような「戦争の記憶」をもっているのかを究明することにある。本研究により今年度発表した論文は3本である。第1は「南部メコン・デルタにおけるベトナム戦争-ヴィンロン地方における解放勢力側の戦士8人への聞き取り調査」である。この論文では、ヴィンロン地方の農民ゲリラ、第9軍区の元高級軍人、メコン・デルタで戦闘経験をもつ北の正規兵に聞き取り調査をした。モコン・デルタでは解放勢力の中核は南ベトナム解放民族戦線ではなくベトナム南部解放軍であったこと、ヴィンロン、チャーヴィン地方では、1971・72年に北の正規軍の本格的投入が始まったことなどを明らかにした。第2は、「ベトナムクアンナム・ダナン在住退役軍人の戦争の記憶」である。この論文は、中部のクアン・ダナン地方の男性兵士8人と女性兵士7人に聞き取り調査し、その結果をまとめたもの。そこから明らかになったのは、(1)戦争への参加年齢の低年齢化と女性の参加拡大、(2)解放勢力側の人件費・戦費コストの低さ、(3)北緯17度線を越えた活発な人の動きがあったこと、(4)南ベトナム民族解放戦線の機構は存在していたものの、その独自色は希薄で、実態は当地の武装勢力や共産党支部によって兼任され担われていたこと、である。第3は、「ベトナム戦争のコメモレーションに関する研究について-マラーニー論文へのコメントにかえて-」で、ベトナム国内で行なわれているベトナム戦争に関するコメモレーションについての近年の研究成果を、ショウン・キングスレー・マラーニー氏の研究を中心に概観したものである。ドイモイ以降、国家によるコメモレーションの専有化はくずれつつあり、多様化・多義化が進んでいる。また、今年度は、ベトナム北部のディエンビエン省で現地調査を実施した。ここでは、少数民族のターイ族の村で聞き取り調査をするとともに、紅河デルタなどからの移住者にもインタビューし、少数民族が戦争を経ていかに「国民化」していったのか、辺境防備のために戦争中にいかにキン族の移住が推進されてきたがが明らかになった。
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