19世紀の始まる頃に、太平洋の植民地化が開始される。太平洋全体の概観は既に『オセアニア史』編集とともに把握している。植民地サモアの詳細を研究中である。前年度にもっぱら行った19世紀の前植民地時代、ならびに1900年〜1914年のドイツ植民地時代の人種カテゴリーの研究を経て、本年度はニュージーランド植民地時代の人種政策ならびにその後の西サモア独立の経緯に焦点をあてて研究を行った。 ニュージーランド統治時代を通じて、サモアではヨーロッパ系(含混血)とサモア人の2つの身分が存在し、それぞれに異なる権利を付与されていた。ヨーロッパ系は飲酒ができ、会社を所有することができる一方、サモア人は首長となることができ、伝統的土地に権利を有していた。さらに、不服従運動が生じるまで中国人年季契約労働者の導入が行われており、サモア人との結婚を禁じられ、さまざまな人権を剥奪された人々がここにいた。これらの一見人種による区分は、ニュージーランド統治時代の終わり頃には、多数の「例外」を含みつつ、実質的な外見では身分を決めることができないほどに制度上の矛盾を生じていた。独立準備を控えて、これら異なる人権をもつ人々をどのように統合してひとつの国民とするかは大きな課題であったが、選挙制度上の区分を若干残した以外、2つのシステムを統合し、人種主義的な部分をこの社会から取り除くことに成功したのは、この社会の将来を考えたとき、大変大きな意味をもっていたといえよう。 南アフリカ・ケープタウン市ケープタウン大学で開催された国際人類学民族学中間会議(2006年12月3日〜7日)は、会議の全体テーマが「ポストコロニアル状況の超克-もうひとつの近代に向けて」であり、この研究発表を行うに相応しいと考え、「ポストコロニアル・システムの脱人種化-サモア社会の経験」というタイトルでこの研究の成果を発表した。このときのペーパーをまとめ、来年度には論文として投稿を行う予定である。 日本オセアニア学会研究大会(2007年3月20日〜21日)にて、「サモア植民地時代の統治と人種カテゴリーその2」と題する発表を行った。内容はほぼ、上記のものと同じである。 3月3日〜17日の予定で、ニュージーランド公文書館とオークランド大学、オーストラリア国立図書館のそれぞれで文献調査を行った。 民族学博物館で刊行予定の『オセアニア諸社会のエスニシティ』は、編集作業を続行中である。
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