1998年にスハルト政権が崩壊したインドネシアでは、制度的民主化が進められるとともにジェンダー主流化政策が進められている。本研究は、そうした同国の民主化とジェンダー主流化への流れと、同国のイスラム的要素の関係性に焦点をあてた。 独立以後、イスラム国家樹立運動の挫折を経験したインドネシアでは、1970年代以降、イスラム国家を否定するリベラル派イスラム思想が発展し、国家政策においても影響力を持っていた。しかし98年の政変以降、イスラム主義勢力の活動が再び活発になり、イスラム法を部分的に施行する条例を定める地方政府も目立ち始めている。イスラム法施行の推進勢力は、必ずしもイスラム法に関する専門家らによって構成されているわけではないが、同勢力は、イスラム法の包括的導入を求めるイスラム主義思想を背景としている。イスラム主義思想は、リベラル派イスラム知識人が世俗派知識人とともに推進しようとしているジェンダー主流化政策や宗教間対話を目指す動きと対立する。 同国のイスラム社会においては、宗教テクストを文脈的に解釈する宗教改革がリベラル派イスラム知識人によって進められつつあり、リベラル派はジェンダー平等の視点からの教義解釈を進めようとしているが、彼らが欧米から活動資金を受けていることを理由に、リベラル派はユダヤ・キリスト教勢力がイスラム世界を支配するための手先になっているとの非難もあり、価値観の対立に加えグローバル化によるひずみが宗教改革の障害となっている。 住民レベルにおいては、イスラム主義勢力が目指しているようなイスラム刑法の導入まで望む声は少ないが、イスラム法を導入すれば世の中が良くなると考えるユートピア的な思考が少なからず存在し、そうした宗教感情がイスラム主義勢力によって政治的に利用される側面が否定できず、宗教改革なきままの民主化は、ジェンダー主流化を促進する結果をもたらすとは限らない。
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