研究概要 |
本研究の課題は,ギリシア医学における人間理解の基本的性格を同時代の哲学的人間観との比較研究をとおして,思想史的な観点から明らかにすることにある. 研究初年度にあたる平成16年度は,『ヒポクラテス医学文書』に収められている主要な医学書のうち,同時代の哲学に対して批判的な立場に立っていると思われる医学書の中から,いわゆる「ヒポクラテスの四体液理論」を展開していることで有名な『人間本性論』と題する作品を主題的な考察対象として取り上げた.この考察をとおして明らかになったことは,以下のとおりである. 1.医学者の人間理解とかれが批判の対象としている哲学者たちの人間観との根本的な相違は,両者の「自然」(フュシス)概念にもっとも明確に示されている. 2.医学者の「自然」とは,人間の身体のあり方をその正常な状態と働きに基づいて規定している原理であり,同時代の哲学において顕著な創出的「自然」とは,その概念構造において,はっきりと区別される. 3.この医学的「自然」概念の導入によって,人間の身体はいわば物理事象として,その「心的」側面から明確に領域化され,これが「心・身」というカテゴリー区分に基づく人間理解の基本構想へとつながっていった,と考えられる. 以上の考察結果を本年度の研究成果として,日本科学史学会第51回年会・総会において口頭発表し,この発表に基づく論考を「「自然」(フュシス)と身体-ポリュボス『人間本性論』における医学的「自然」観-」と題する論文として,日本科学史学会編『科学史研究』に投稿した(2005年・春号に掲載予定).
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