研究概要 |
本研究の課題は,ギリシア医学における人間理解の基本的性格を同時代の哲学的人間観との比較研究をとおして,思想史的な観点から明らかにすることにあった. 本研究の最終年度にあたる平成18年度は,期間の前半においては『ヒポクラテス医学文書』(Corpus Hippocraticum)におさめられている医学書の中で「哲学」(フィロソフィア)批判を展開していることで有名な『伝統医学論』(De Vetere Medicina)と題する医学書を主題的にとりあげ,その議論内容の分析をとおして,医学者が「哲学」(フィロソフィア)と呼んでいるものは何かを明確にした上で,医学者が「哲学」によって医学を基礎づけるという立場の人々の人間観に対して批判を展開するとき,医学者自身はどのような〔医学的〕人間理解に立って批判をおこなっているのかという点に焦点をあてた. 以上の考察の結果として明らかになったのは,つぎの諸点である. 1.哲学者たちによる人間の「自然」(フュシス)探究が,人間の生成の始まり(アルケー)にまでさかのぼるという方式をとっているのに対して,医学者の人間探究は,現に存在する人間を探究の対象とし,そのあり方や働きを外界の事物との相関関係に基づいて解明することにある. 2.医学者の人間の「自然」探究は,人間の身体(ソーマ)のあり方を,その構成要素にあたる「体液」の量と作用力に基づいて解明していくことに重点をおいている. 3.医学者は「苦痛」などの事象を人間の感覚〔経験〕の中に現象するものとして,その生起原因にあたるとされる身体内部の〔物理〕事象と区別している.これに対して,哲学者たちの人間理解においては,このような区別自体が存在しない. 年度の後半においては,それまでの研究の成果を整理し,これらを一連の論考へとまとめる作業に着手した.3年間にわたる研究の成果については『ギリシアの医学思想と人間-同時代の哲学的人間観との比較研究』(課題番号[16520001]平成16年度〜平成18年度科学研究費補助金・基盤研究(C)研究成果報告書/平成19年3月)として刊行した.
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