研究概要 |
平成16年度の研究課題は《絵を取り巻く社会的な文脈についての知識が、絵の描写内容の理解にどのような形で貢献するか》の検討である。 この課題の遂行のため、16年度前半においては、文脈的な要因が画像の理解へと変換される変換装置としての《受け手の態度》に注目し、その構造の分析に焦点を置いて検討を進めた。検討の際に私がたびたび参照したのは、画像理解の際の受け手の態度の特質を一種の虚構的な意識に求めるK・ウォルトンの「ごっこ遊びの理論」だが、本年度は、その理論の批判的検討を直ちに行なうのではなく、ウォルトンの理論に先立つ一連の哲学的な虚構論を概観し、その批判的な総括に努めた。その成果は論文「虚構概念の哲学的分析:予備的な考察」として発表した。 16年度後半は、次年度以後の研究課題を先取りする形で、画像による感情の「表現」について、関連文献の調査検討を行なった。なかでも特に注目したのは、近年、音楽美学の分野で活躍しているピーター・キヴィ Peter Kivyの一連の著作(とりわけ、The Corded Shell (1980), Sound and Semblance (1984), Music Alone (1990), New Essays on Musical Understanding (2001))である。キヴィは作者が抱く感情、受け手が抱く感情とは別に、作品そのものに内在する「表情」とでも呼ぶべきもの(キヴィの言い方では、"expressive properties")の次元に「表現」の理論の拠り所を求め、それが作品理解にどのように貢献するかについて精緻な分析を展開している。キヴィの分析は直接には音楽音楽を念頭に置いたものだが、その基本的な論点は音楽作品に限らず、絵画作品の表現機能を考える上でも貴重な手掛かりになると考えられる。その点を絵画論の分野で展開されてきた哲学的な表現理論、とりわけN・グッドマンやR・ウォルハイムらの議論と対質し、さらに展開する仕事は、次年度に残された重要な検討課題である。
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