研究課題
前期ヘアー倫理学の第2主著『自由と理性』Freedom and Reasonにおける「道徳」概念の検討を行った。ヘアーは『自由と理性』において、道徳問題の成立する領域には「功利主義的」なものと、「理想主義的」なものがあるとしている。「功利主義的領域」とは、異なった「利益の衝突」が問題になっている領域であり、「理想主義的領域」とは、異なった「理想の衝突」が問題になっている領域である。ヘアーは基本的に、功利主義的領域で成立している道徳問題は、彼の提唱する道徳判断の普遍化可能性テーゼに基づき解決可能であるとする。しかし普遍化可能性テーゼに従い、他者の利益を自己の利益と仮定した上で道徳的論証を展開しても、両者の利益実現に対し、十分な合理的理由が見出され得る場合はあり得る。他方、異なった理想の衝突に起因した道徳問題は、当事者が自己の理想に言わば狂信的な仕方で固執している場合、ヘアーの立脚する形式主義の立場からは、原理的に解決の方法がないとされ、このような問題に対しては「寛容」の精神を持つことの重要性が示唆されるが、このような「寛容」の精神の要請根拠が彼の普遍的指図主義の理論からどのように導出されるかは、全く示されていない。功利主義的領域におけるジレンマの問題に対しても、寛容の精神を推奨することにおいても、ヘアーの議論は根本において、「大多数の人間は理性的に考えることができ、寛容の精神を大切なものであると認めている」という彼自身の人間観に強く根ざしていると言える。しかし、このような人間観の妥当性が彼の提唱する理論的枠組みにおいて如何に基礎付けられるかの検証作業は、前期のヘアー倫理学では行われていない。後期ヘアーの主著『道徳的思考』では、この点が如何に考究されているかをさらに検討してみたい。
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Philosophy & Social Criticism Vol.31, No.4
ページ: 487-498