研究最終年度である本年度は、研究初年度及び二年度に得られた知見に基づき、本研究の目的である『中庸』理解に見られる伊藤仁斎の倫理思想を総合的に考察した。本研究は、仁斎が注釈に際して批判的対象とした朱子『中庸章句』と対比しながら、既に翻刻済みの第一本から元禄七年校本に至る『中庸発揮』における仁斎の注釈の変遷を跡づけ、そこに彼独自の思想形成がどのように展開していったのかを明らかにしようとするものであるが、まず初年度目を中心に性・道・教という基礎概念の相互関係と、「中庸」概念の特殊性に関する考察を行い、二年度目を中心に「誠」概念に関する考察を行った。それらの成果を踏まえて得られた本年度の新たな知見として、(1)仁斎学の基本的骨格はいわゆる本体ー修為構造に求めることができるが、注釈の変遷はまさにそうした学の基本的骨格の形成過程として跡づけることができること、より具体的には(2)「誠」概念の「天道」からの分離に伴う「人倫日用」としての「(人)道」の突出と、独自の「中庸」概念の形成、(3)「天」の規範性からの「性」の分離及び「性」の四端への特化、(4)「教」の内容の「戒慎恐懼」からの離脱傾向、(5)以上の諸項目に伴う道・性・教の相互関係の変化、特に「道」と「性」の相対的分離などが挙げられる。また本年度は、こうした諸点の解明と同時に、今後の研究に資するため、これまで小注を除いた形でしか刊行されてこなかった『中庸発揮』全文について、仁斎生前の最終形態を示す元禄七年本校訂文を底本として、書き下しとともに現代語訳を行った。
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