本年度は『ツァラトゥストラ』の主人公であるツァラトゥストラを道化師として描くことを中心課題とした。まず序説6において道化師が綱渡り師を飛び越えるという印象的な場面が記述されていることの意味を解明した。この解明によって道化師がツァラトゥストラのなるべき者(超人)であることが示された。この解釈は通説(道化師を超人の敵対者とする)をその根本から否定する。そしてこうした通説が由来するナウマン『ツァラトゥストラ・コメンタール』の解釈を批判した。さらに「人間とは、動物と超人との間にかけられた一本の綱、深淵にかけられた一本の綱である」という有名なテーゼを解釈できるようになった。このテーゼに登場する「深淵」という言葉は『ツァラトゥストラ』において重要な形象(光の深淵、正午の深淵)であるが、深淵は永遠回帰の思想の形象化である。 道化師に定位する『ツァラトゥストラ』解釈によって、『喜ばしき知』第四書の「悲劇が始まる」に対して、同書第五書の「パロディが始まる」の真の意味を明らかにした。『ツァラトゥストラ』はツァラトゥストラを英雄とする悲劇でなく、ツァラトゥストラが道化師となる喜劇(パロディ、サチュロス劇)である。『ツァラトゥストラ』が悲劇を超えた高みから書かれていることを証明した。 永遠回帰の思想の否定性を肯定へと転化し、同情を克服することによって、ツァラトゥストラは真に道化師(超人)となる。そこへの導く蛇と鷲、そこへと至った徴である獅子と鳩、このツァラトゥストラの動物たちの意味を解明した。『ツァラトゥストラ』の展開を導く四つの動物たちが構成する世界は、天と地の対立・組み合わせとその相互転化の世界、神話的な世界であること、このことを明らかにした。
|