1 「研究の目的1」として掲げた「20世紀初頭の日本における女性運動の指導者たちに見られる優生思想と育児観の検討」のため、本年度研究実施計画1〜2に対応する研究として、特に平塚らいてうの著作集を用いて、優生思想を支持する言説の微妙な変化に注目して、整理した。平塚らいてうは、エレン・ケイの恋愛結婚論・母性主義・母性保護・実母による育児論の受容に伴い、ケイの優生思想を「善種学」あるいは「優生学」として受け入れた。人類の改良のために質の良い子を少産する主張もなし、女性の側の被害を防止するため、「新婦人協会」を率いて、国家による性病男性の結婚制限を法的に設ける運動の先頭に立つ。しかし、ハンセン氏病や精神疾患、アルコール中毒、結核、等の多種に及ぶ疾病について、すべて国家によって規制すべきと考えた時期は短く、むしろ、本来国家によって結婚が制限されるべきではないとして、女性にとっての身近な被害の深刻さと切迫性によって、性病にのみ限定を加えるにいたる。らいてうにとっての良い育児・教育とは子どものために良いそれであって、国家主義とは区別される。 2 「研究の目的2」として掲げた「20世紀初頭のドイツとアメリカ合衆国における、進化思想に裏付けられた合理的家事改革論と母性保護論及び女性運動穏健派の母性論・育児観の分析と比較」のために、本年度研究実施計画3〜7に基づき、本年度はさらに文献を購入し、特にヘレーネ・シュテッカーについて「母性保護同盟」の機関紙『新世代』から貴重なドイツ語文献の翻訳・解釈を進めた。シュテッカーの優生思想は、産児調節論を中核とし、自主的規制を求める立場ではあるが、政策論争の性格が色濃く、優生学への懐疑は表れないままであった。 ケイの育児・教育論は、高い倫理性をそなえた未来の子どものための論であり、根本的に進化思想に基づいている。ギルマンも進化思想によってラディカルな女性文化論を表現し、女性市民が社会の担い手に成長できるための協同家事論、子どもの市民性を育てるための専門家による教育必要論を唱えた。ケイもギルマンも社会の未来を担う子ども教育の重要性を認識している点は共通である。その上で家庭での母子関係を重視するケイと、子どもに必要な養育を実母が与えられない場合を考察するギルマンの差異が問題となる。どちらか、ではなくどちらも養育に関して重要な気づきに基づき提案している、という点が見落とされてはならない。 さらに、穏健派の理論家マリアンネ・ヴェーバーの著作の翻訳を続行して行った。マリアンネは特に中産階級の既婚女性の家庭の改革を模索していた。またマリアンネは、母親である既婚女性の経済的自立の方策という点をめぐり、エレン・ケイにもシュテッカーにもギルマンにも賛成せず、批判している。マリアンネのZur Frage der Bewertung der Hausfrauenarbeitの翻訳を雑誌に掲載した。
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