本年度は、とくにH.ヨナスの責任原理と正義を倫理的規範の根底とするK.O.アーペルらによる討議倫理学との対立を焦点として研究を進めた。核戦争の可能性や環境破壊の現実をもたらした科学技術文明時代において人類の存続と未来に配慮する新たな倫理の構築を意図する点で、両者は課題を共有しているが、後者は前者が特定の形而上学、存在論に依拠する点を批判する。たしかにヨナスは形而上学、存在論に言及しているが、その著作、Das Prinzip LebenやPhilosophische Untersuchungen und metaphysische Vermutungenでは、形而上学的思索をミュートス、仮説と呼び、正統的な哲学的思索とは一線を画している。だから、形而上学への志向をもって彼を裁断することはできない一方、彼の志向の根拠を探究しなくてはならない。関西哲学会第57回大会シンポジウム(共通課題「人間は特異な存在者か」、2004年10月24日、立命館大学)のパネリストに起用された機会にこの問題を扱った。その内容を論文「人間はいかなる意味で存続すべきか。ヨナス、アーペル、ハーバマス」にまとめ、同学会誌『アルケー』13号(2005年4月刊行予定)に掲載する(印刷中)。2005年3月にはベルリン自由大学の研究所ハンス・ヨナス・ツェントルムを訪問、ケルン大学に討議倫理学者のH.ブルクハルト教授を訪問し、責任原理と討議倫理学に関する意見交換を行った。また、2004年10月に来日されたジェノバ大学の法哲学者のP.ベッキ教授とヨナスの生命倫理学研究と形而上学について意見交換を行った。以上は責任と正義をめぐる研究だが、ケアについてはケア倫理に基づく社会理論の可能性をN.ノディングスの著作Starting at Homeを中心に探究している。2005年5月16日の日本法社会学会大会シンポジウム「法主体のゆくえ」第二分科会「主体・ケア・物語」のパネリストに起用されたので、そこでこの研究成果を発表する予定である。
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