中国六朝時代(西暦5〜6世紀)には、王朝が頻繁に交代する社会不安に満ちた時代状況の中で、共通する危機感から生まれた儒教の讖緯思想と仏教の劫災思想とが混淆し、これらに影響されつつ道教の終末思想が形成された。本研究は、そのような終末思想を構成するいくつかの要素を比較思想史的に検討し、その形成過程と社会不安との関係を明らかにすることを目的とする。この作業を通じて、今日的な社会不安と宗教問題を考える手がかりを模索したい。そのために、3年間の研究期間内において、敦煌写本によって知られる道教経典を直接の研究対象とし、語彙および思想の各レベルにおいて儒教の讖緯文献や漢訳仏教経典との比較検討を試み、問題の解明に向けての文献的基礎の構築をめざしている。 本年度は、5世紀はじめに成立したと思われる『洞淵神呪経』巻一「誓魔品」を取りあげた。この経典は、終末の世における災害の勃発を社会や個人の堕落の結果として認識しており、儒教の讖緯文献からの影響が考えられる。また、個々の災害の描写については漢訳阿含経典からの借用が顕著である。このような大災害の予言的な記述における讖緯文献や阿含経典との共通性や影響関係に注目しつつ、『洞淵神呪経』写本の翻刻・校訂(パリ国立図書館所蔵敦煌写本ペリオ3233番を底本とし、ペリオ2576番紙背ならびに大英図書館所蔵敦煌写本スタイン3786番をもって対校)を行ない、これをもとに現代語訳を作成した。
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