研究概要 |
本年度の研究の中心は,昨年8月から9月にかけて行った,新彊ウイグル自治区内の石窟壁画の調査であった.その際,トゥルファン地域ではバイシハル石窟とトヨク石窟を中心に調査を行い,クチャ地域ではキジル石窟,クムトラ石窟,キジルガハ石窟,タイタイル石窟等の調査を行った.その中で,バイシハル石窟の灌頂図の再調査ができたこと,劣化の進むトヨク石窟の禅観僧壁画を調査することができたこと,キジル・クムトラ・タイタイル等の石窟において,従来報告されていないものも含めた禅観僧壁画を実見し,調査できたことは非常に有意義であった. また,10月にルンビニーで行われたThe Birth of the Buddha Conferenceでは,この調査を踏まえ,禅観の中で梵天・帝釈天より灌頂を受け,注がれた液体が全身を満たすという,禅観経典に多く見られるイメージの成立と展開につき論じた.このイメージの淵源は誕生直後の釈尊が梵天・帝釈天により灌頂されたという伝承にあったと思われる.本来は説話上のイメージであった釈尊の灌頂は,禅定中に喜・楽が水のように全身を満たすという原始仏教以来の伝承,仏の放った光明が頭頂から体内に戻るというアヴァダーナ等に見られるイメージ,さらには頭上に油を注ぐインド医学的伝統等との混淆を経て,行者が禅観の中で自ら追体験できるものへと変化していったように思われる.このような神秘的灌頂の体験を描いたと思われるバイシハル石窟の壁画は,トゥルファン地域の行者達によって,このイメージを観想する修行が実際に行われていたことを示唆している. 本年度の調査により得られたその他の資料については,現在分析・研究を進めているところである.来年度に予定している敦煌の調査等も踏まえて,中央アジアにおける禅観の展開をより大きな視点からまとめていきたいと考えている.
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