研究概要 |
初期大乗の代表的経典である『金剛般若波羅蜜経』は,金剛と名づけられた初めての仏教経典であるが,その意味はまさに以下のごとくである.ここで扱ったガンダーラ出土のサンスクリット文献は,その成立と展開の状況を明確に示している.ヴェーダの宗教において,vajraはそもそも電撃と雷鳴といった自然現象のことであり,これがインドラ神の武器とされた.さらに,仏教に受容される過程で,その破壊力が金剛杵として具体化され,「煩悩を破壊するもの」として<内化>された.アビダルマ仏教では,そのvajraの破壊力が三昧の力に置き換えられ,「vajraに喩えられる禅定」(vajropamasamAdhi金剛喩定)と呼ばれ,解脱という究極的段階の直前に通過する一瞬の禅定と位置づけられた.すなわち見道・修道という修行の階梯で絶たれるべき煩悩を,ここで滅尽し,解脱に至る最後の三昧である.この禅定が大乗(mahAyAna)の修道論にいたって,菩薩の実践として再構成される. 以上のような階梯を,初めて大乗の中で体系化した般若経に基づいて分析するならば,「一刹那に生ずる智慧」(ekakSaNa-prajJA-)が「金剛喩定」の中で生じ,次いで「一切の形象を知る智慧」(sarvAkArajJAtA)が生ずるという智慧の展開の構造となっていることが明らかになる.
|