本研究の目的は、ヴァイドゥヤ(Vaidya)の校訂本を底本として、初期ジャイナ教の最重要聖典の一つである『スーヤガダンガ』(Suyagadamga)の第1篇を、批判的かつ厳密に和訳を試みることにある。 『スーヤガダンガ』は、仏教をはじめとする同時代の異教徒の教義を知る上で極めて重要な聖典であるにも関わらず、『アーヤーランガ』や『ウッタラッジャーヤー』のように、全章にわたってヨーロッパ人学者による批判校訂本は存在しない。今年度、第6章から第16章までを和訳をするに当たっては昨年度と同様な研究方法で行った。まず、これまでに公刊されているSuttagame、註釈家シーラーンカのテキストやジャンブーヴィジャヤ等による諸刊本を比較参照し、ヨーロッパ人学者による研究成果を最大限に活用しながら、韻律学の視点から異読(variant readings)に基づいた新しい読みを提示した。 また、『スーヤガダンガ』にみられる未解読で難解なアルダ・マガダ(Ardha-Magadhi)語彙を語源学的に考究した。欧米人やインド人学者の精密な関連研究を参照することによって、あるいは『スーヤガダンガ』を初めとする最古層に属するジャイナ教聖典群、それに『スッタニパータ』、『ダンマパダ』、『テーラ・ガーター』、『テーリー・ガーター』等の最初期仏教文献にみられる並行詩節(parallel verse)や並行詩脚(parallel pada)によって、これら未解決のアルダ・マガダ語彙を、中期インド・アリアン語(Middle Indo-Aryan)の視座から解明することを試みた。並行詩節・詩脚を見出すに当たって、先に出版した初期ジャイナ教聖典と初期仏典の語彙索引と詩脚索引を有効に活用た。そして、アルダ・マガダ語彙の正確な語源を提示し、ジャイナ教聖典はもとより、パーリ語で書かれた仏典の詩節を随時引証しながら、一詩節ずつ慎重に和訳した。
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