1)当初の計画に従い、これまでに取り上げてきたいわゆる一般信徒のイスラム教徒によって提出された「他者/自己」像が一般社会に定着する過程に関し、ウラマーの影響力の程を検証することを試みた。 アラブ世界で優勢であるスンナ派イスラムの最高学府、アズハルの総長、タンターウィー師、および現代の穏健なイスラム主義を代表するカラダーウィー師の発言を中心に、アメリカを中心とする他者についての描写を収集、分析した。しかしながら、ウラマーの発言は総じて、すでに社会で定着した「像」を踏まえ、それを事後承認するような形で成されたものが多く、「像」の形成あるいは受容を左右するようなという意味では、決定的な力を持つと言えないということがわかった。 2)現実において、より大きな影響力を示しているのではないかと考えられたのは、他者である異教徒とともに暮らし、他者の姿を最も近くで目にしている、いわゆる「移民」のアラブ人イスラム教徒が、衛星放送やインターネットを通じて発信する情報であった。それを検証するために、イギリスの移民社会での動きを調査した。 イギリスのロンドン大学において、マイノリティとしてのイスラム教徒の資料を収集するとともに、現地のイスラム系組織を訪問し、聞き取りを行った。またイギリスのアラブ系移民イスラム教徒から発信される新聞、雑誌を収集、分析した。そこから明らかになったのは、特定の場所や地域に基づく自己/他者像が揺らいでいるということ、それに替わるものとして登場したのは、「宗教的価値を失い人間として窮地に陥っている他者(=欧米)とそれを救いうるわれわれイスラム教徒」という、「われわれ」の存在意義をよりグローバルなレベルで打ち出す言説に支えられた自己・他者像であるということであった。 3)以上の成果を、宗教学会で報告するとともに、「総合文化研究」において論文として発表した。
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