紀行文、小説、エッセーなどの分析を通し、従来取上げられることの少なかった、(アラブ世界の)一般信徒のイスラム教徒によって提出された「他者/自己」像の分析を行った。それによって明らかになったのは以下の点である。 1)他者として想定される具体的な対象は、不変ではなく、異教徒、西洋、アメリカというように、その時代、状況に従って変化してきた。2)西洋とアメリカは、同じく他者として認識されようとも、両者に対する評価はかなりの違いを見せる。前者に対してはアンビバレントな姿勢が見られるのに対して、後者に対しては一貫して否定的な評価が下される傾向がある。3)「心象地理」としてのアメリカは他者中の他者として記号化の過程をたどった。4)いわゆるイスラム主義者といわゆる世俗主義者の間に、思想的・宗教的立場の相違を超えるような、他者としてのアメリカ像が共有され、それは1970年代から特に顕著になる。5)一貫して見られる現象として、他者をめぐる言説は、対象の単なる批判ではなく、常に自己批判、「われわれ」のあり方を探る議論の一変種となっている。6)これらの言説の発信源は知識人であるが、大衆映画に現れるとおり、基本的には同じ像が民衆にも共有されている。7)イスラム諸学の専門家であるウラマーがこのような他者像を踏まえた発言をすることにより、さらに「宗教的な」承認が得られ、社会一般に定着していく。8)今後、注目すべき点として、欧米諸国に生きる「移民」のイスラム教徒による発言が、他者と最前線で対峙するイスラム教徒によるものとして、以前にもまして影響力を持ちつつある。
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