本年度は、ディルタイと転換期の思想を比較考量するためのキー概念の発掘に集中した。課題名に示されているように、もとより本研究は「文化」概念を手がかりに進められるが、この概念自体の有する特質を理解するためには、この時代の思想発展を測量するための他のキー概念を必要とする。そこで注目したのが「相互作用」概念である。「相互作用」概念は、十八世紀の哲学的文献で使い始められたが、すぐに社会的・人間的事実に転用されるようになり、十九世紀初頭においてすでに重要な意義を表すにいたっていた。十九世紀後半の代表的哲学者、ヴィルヘルム・ディルタイの思想はこの概念を鍵として使用しており、二十世紀の社会学はまさにこの言葉によって学の自立を果たすのである。 このような射程を有する「相互作用」概念の発展を通して、特に哲学と社会学の関係に新しい光をあてることができる。具体的にはディルタイからジンメル、ミードへといたる思想発展の特質を「相互作用」概念を軸に明らかにすることができるのである。本年度は特にディルタイとジンメルに関して論じることができた。そこで明らかにされたことは、十九世紀後半の思想家であるディルタイにおいては、相互作用論的契機と人間本性論的契機が併存し、それによって自然と社会とを総合的に捉えようとする理論的方向性が示されていたが、二十世紀初頭の思想家ジンメルにおいては、後者の契機が抜け落ち、相互作用論が独立するということである。これによって、社会は精神物理的統一体としての人間本性という基礎から独立し、それを対象とする社会学は、社会という独立した相互作用領域を対象とする独自の科学とみなされるにいたる。 以上の考察は、1900年前後にドイツにおいて「文化」概念をめぐって生み出されるさまざまな言説を理解するための補助線としての役割を果たすことが期待できる。
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