本年度は、ディルタイと転換期のドイツ思想の意義を測量するための座標軸の発掘に集中した。その結果、二つの視点が有効であるという見通しをもつに至った。一つは、ドイツとは異なる欧米の思想を取り上げること、もう一つは、このような19世紀後半の欧米における思想発展の傾向を「世俗化」という視点から究明することである。後者を通して、この時代のドイツ思想を特徴づける「文化批判」の営みの中心に、「世俗化」によって危機に直面する「正統性」という問題があるという見通しを得、また前者によって、このようなドイツ思想の問題意識が広くこの時代を覆っていることを確認することができた。 本年度は特に前者に関して、ウィリアム・ジェイムズ(1842〜1910)を考察した。本研究において確認され、強調されたのは次のことである。ジェイムズ思想の発展においては、青年期からの不安や憂鬱という心理的傾向が大きな意味をもつこと、心理的病の原因としては、家族関係と、南北戦争という20世紀の戦争を予兆するかのような激しい戦争の影響が考えられること、彼がとりくんだ思想的問題の核心が、世界の不確実性を何らかの仕方で処理することを通して安定を確保することにあったこと、である。このようなジェイムズ思想を筆者は「自己省察の多元主義」と規定し、その特質を自己省察がもたらす認知的複雑性を保持することがかえって心の安定を保つとする逆説的洞察に求めた。 もう一方の「世俗化」の問題系においては、19世紀におけるメディアの加速度的な発展という条件が大きな役割を果たしたことを確認しつつ、このような中で、社会学や宗教学を通じて(政治的・宗教的な諸)権威の「正統性」が問われはじめる連関を確認した。来年度の課題は、この過程の具体相を究明し、ディルタイ、ニーチェ、ジェイムズに宗教社会学などを加えた世紀転換期<世俗化>の思想史を描くことである。
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