この研究には、方法論的に異なった二つの側面がある。まず第一の側面は、テキストの精密な点検と検討である。これは、アリスティデス・クィンティリアヌスの『音楽論』全三巻の翻訳として遂行される。ここには、アリストクセノス『ハルモニア原論』とプトレマイオス『ハルモニア論』の精髄が受け継がれている。本年は、翻訳は、この三著の比較検討をしながら第一巻の半ばまで進めえた。 第二の側面は、そこに現れた音階構造の実地の検証である。実地検証は、現代に伝わるギリシアの民族音楽と、ギリシア正教の典礼楽をターゲットに選んだ。現代に伝わる実際の演奏の中に二千年以上昔の音階構造の痕跡を探るなどということは到底不可能と思われるが、実は媒介になるものがあるので、方法論的に可能性は期待されたのである。その媒介なるものは、平家琵琶の音程の採り方である。平家琵琶の演奏家の橋本敏江氏によれば、平曲の音程の採り方は、アリストクセノスの理論にしたがっているとのことである。そこで、今回は、まず橋本氏に直々に平曲の音程の採り方の教授を受け、それをもとにして、民族音楽の宝庫とされているイピロス地方に出向き、当地方に伝わる伝統的な民族音楽を採集して比較検討した。さらに、ギリシア正教の典礼楽をも典型的なものを数種集めて検討した。 以上の実地検証の下に再び文献の検討に戻り、テキストの難解な箇所の読解の可能性を探っている。実地検証の結果はいまだ判然とはしないが、テキストの読解にはかなりの進展の可能性が拓けてきた。(約700字)
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