研究概要 |
アリストテレース『詩学』において提示された「蓋然的ないし必然的な」できごと連鎖の存在論的分際を,『弁論術』における「エンテューメーマ(蓋然的推論)」の論を参照しつつ解明するのが,本研究の目的であった.この研究により,芸術世界と現実世界の存在論的関係に光が当てられ,最終的には,芸術という営みが我々の現実の生にとっていかなる意味を持つかについて,ひとつの理解が得られるはずである. 本年度の研究では,『弁論術』の文献学的読解に主力を注いだ.すなわち,Ross(1959)のテクストを底本としつつ,Kassel(1976)のものも参照して,諸写本における異読をできる限り視野に入れ,テクスト編者の理解に縛られないよう,注意した.Cope and Sandys(1877), Grimaldi(1980-88)の注釈書を参照したことは言うまでもない.第1巻の精読の結果,Rossのテクストにはさまざまな問題があることが判明した.そこで,重要箇所については,Parisinus 1741そのものに立ち帰ることを原則とした. 内容的には,『トピカ』の議論も参照しつつ,エンテューメーマが,蓋然的前提から蓋然的に推論する営みであることが確認され,任意の前提から蓋然的推論を重ねる詩作との平行関係がますます強く予想された.また,エンテューメーマが必然的真理を目指す学問的推論とちがって,あくまでも聞き手の説得を目指す推論であることは,悲劇が観客に「憐れみと恐れ」を喚起すべきとした『詩学』の議論との平行をも予想させる.
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