研究概要 |
アリストテレース『詩学』において提示された「蓋然的ないし必然的な」できごと連鎖の存在論的分際を,『弁論術』における「エンテューメーマ(蓋然的推論)」の論を参照しつつ解明するのが,本研究の目的であった.この研究により,芸術世界と現実世界の存在論的関係に光が当てられ,最終的には,芸術という営みが我々の現実の生にとっていかなる意味を持つかについて,ひとつの理解が得られるはずである. 本年度の研究では,前年度に引き続き、『弁論術』の文献学的読解に力を注いだ.とりわけ、『詩学』との文体比較を行なつた結果、『弁論術』の方がはるかに整然とした論述を見せており、用語の選択も緻密に行なわれていることが確認された(これは伝承過程の相違にも起因するかもしれないが、むしろそもそも草稿としての推敲度に差があったゆえと、私は考えている)。このことは、『弁論術』の概念分析から得られた結果をそのまま『詩学』解釈に持ち込むことの容易さと危険性を示している。とりわけ、『詩学』の鍵言葉の一つである「憐れみ」と「恐れ」についてのまとまった論述が『弁論術』に見られるが、この推測に立つと、単なる語レヴェルの用法分析では尽くせない、より大がかりな対応関係を考えるべきことになる。昨年度の研究の結果予想された詩作と弁論の平行関係が、一層精密な扱いを要する問題であることが、今年度の研究で判明したわけである。ただ、論述の逐語的分析から結論を引き出すという方法に変わりはなく、目下、分析を進めつつ、同時に比較の方法を模索しているところである。
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