本研究は、画家・藤田嗣治(1886-1968)の絵画技法に関する基礎的データを得るため、晩年のアトリエに残る画材などの調査と整理、一部の科学的分析を目指した。明治半ばの日本に生まれ、80数年の生涯の半分以上をおもにフランスで暮らしたこの画家は、西洋の油彩画技法に日本固有の画材や技法を融合することで1920年代のパリでの大きな成功をつかんだが、その技法の詳細はこれまで不明な点が多かった。晩年を過ごしたパリ郊外のアトリエ兼住宅には、生前の画家が使った画材や道具が残されている。研究代表者らはすでに平成14年度にこのアトリエに残る日本関係の所蔵品調査をフランスの修復家らと協力して実施し、総量の半分程度のリスト化を行った。あらたに科研費を得て現地に出向き、未調査分の調査を行い、その後、調査成果(所蔵品)のリスト化[日仏英]と、入手した画材などの科学的分析を続けた。完成したリストと画材などの科学的分析結果を総合的に検討することで、藤田が工夫した独自の画面の構成素材とアトリエに残る材料との関連性の一端が明らかとなった。なかでも、彼の描く乳白色の肌を表出する地塗りの白色が、西洋由来の白色で構成されていると判明したことは、科学的分析の成果である。アトリエで確認された白色試料は、炭酸カルシウム(胡粉ではなく西洋の白亜)、クレー、石膏、半水石膏(plasters of Paris)などであった。また、タルクーや雲母なども検出されており、染料を含む有彩色の同定結果と共に藤田作品の今後の保存修復や美術史研究に役立つ情報を獲得できた。画材も墨や面相筆、付立て用の筆など日本画関係だけでなく、水刷毛や染料など日本の染色用のものを多数確認できたが、戦後の制作とこうした染色画材・技法の具体的な関係性の検討は今後の課題である。なお、作成したリストや考察を仏語などに翻訳し、フランス側の協力機関・研究者にも提供した。
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