研究概要 |
本年度の研究成果は以下の通りである。 一色直朝が記した中世の雑話集で「戦国の空白期を埋める貴重な資料」(鈴木棠三『古典文庫』解説)と評される『月庵酔醒記』の注釈作業に関わることで、主に次の2点を中心に研究を進めた。 1,『月庵酔醒記』に収められた「御文十箇条」という婚家での心得や処世訓を箇条書きにした一通の仮名文を取り上げ、その成立事情と文化的背景を推測した。すなわちその内容は、室町末に成立したとされ以降の女訓書にも大きな影響を与えた『仮名教訓』にほぼ重なるものでありながら、他の類書には見慣れない授受の状況に関する一文を有する。この一文と教訓の内容から、そもそも「御文十箇条」は公家の娘が武家に嫁ぐ際に贈られた教訓であること、その背景には、公家と武家、それぞれの文化的背景の違いが垣間見えることを、同時代に武家の娘向けに書かれた女訓書『幻庵覚書』との比較検討を通して論じた。 2,平成18年度刊行予定『中世の文学 月庵酔醒記』(三弥井書店)の担当箇所について、本文校訂と頭注・補注の執筆を担当した。具体的には、『月庵酔醒記』上巻の佐藤嗣信に関する挿話と、「須弥四州名」から「人歳之名」までの46項目である。嗣信関連説話については、地方に展開した禅宗僧侶の活動に関わるものとして、また、月の異名、ものの異名については、節用集との関わりから中世後期の基礎教養の内実を窺わせるものとして、次年度さらに調査検討を加えたい。
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