今年度は、ユダヤ系文学のキャノン形成の歴史過程という問題を解明するために、主として3つの方向からアプローチを試みた。第1は、19世紀末から20世紀前半にかけてアメリカに移民してきた東欧系ユダヤ人が都市部で自営業や金融業を通して経済的な力を蓄積していく過程で、いかにして移民の第2世代・第3世代が高等教育の享受や文化産業への進出によって文化的な影響力を持ち始めたのかという問題へのアプローチ。第2は、いわゆるニューヨーク知識人がPartisan Reviewを主な舞台にして、モダニズム文学とモダニズム美学をアメリカの文学世界(出版、批評、研究など)に浸透させるに至った過程と、ユダヤ系批評家と新批評家がモダニズム美学の輸入と流通に関して果たした共犯的な役割の解明。特に、1930年代のPartisan Reviewに収められたエッセイや作品の読解を通して、ユダヤ系批評家がマルクス主義的文学観を脱構築してモダニズム文学の流れを加速させたことを確認した。第3は、文学テキストをcultural materialismや文化的ヘゲモニーといった観点からアプローチする際の基礎的な問題-たとえば、テキストの<内部>と<外部>との関係、美的基準の歴史的な形成、文化と権力との関係など-について考察するために、マルクス主義文学の立場といわゆるsociology of literatureの研究方法を整理した。この点については、アメリカ文学会東北支部例会(3月)で発表した。以上のことを調べることで、十分とは言えないが、1950年代にユダヤ系文学が勃興するための物質的・文化的土台、およびユダヤ系批評家がアメリカ文学のキャノン形成に対して持つようになった影響力についてある程度の解明を得た。
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