フェミニズム批評や多文化主義の影響を受けて1960年代後半から始まったキャノン再編によって、それまで高い評価を受けていなかった女性作家の作品やマイリティー・グループの作品の再評価が進み、アメリカ文学のキャノンとして認められるようになってきた。このキャノン再編は、1980年代にWilliam BennettやAllan Bloomらの文化保守主義者による「バック・ラッシュ」を引き起こし、激しいキャノン論争が展開されることになった。 本研究は、先ず、スタンフォード大学のカリキュラム改革と『ヒース・アンソロジー』の出版を契機にして起こったキャノン論争で何が問われたのかを検証した。文学を評価する際の「美的基準」、キャノンの決定に関わるヘゲモニーの問題、キャノン形成の過程で作用する社会的、教育的、制度的要因の役割などが考察の主な対象になっている(第1章)。 以上のキャノン論争を視野に入れ、本研究では、さらに、50年代になってユダヤ系アメリカ文学の評価が高まり、それがキャノンとして組み入れられていく過程を検証した。その際、ユダヤ系文学をその「内在的な価値」から見るのではなく、ユダヤ人を取り巻く社会状況や教育制度、文学の価値決定に関わる書評誌や学術誌の役割といった、テキスト<外>の要因に焦点を当てた。具合的には、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカに移民してきた東欧系ユダヤ人が、ピエール・ブリュデユー(Pierre Bourdieu)のいう経済資本と学歴資本を蓄え、やがてアカデミズム(英文学部)に進出していく過程、およびニューヨーク知識人が『パーティザン・レヴュー』を拠点にして文化的影響力を強めていく過程、さらにユダヤ系知識人が築いた文化的ヘゲモニーの役割などを検証した(第2章)。
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