研究課題「20世紀前半の大西洋間文化交流とアフリカン・アメリカンに関する文化史的考察」において、研究の一部には、この時代のアメリカとフランスをつなぐ文化一般、およびアフリカン・アメリカン文化・文学の考察を深めることがあった。アフリカン・アメリカンの思想を理解するには、アメリカ史における奴隷制度の実践に関する考察を深めねばならない。2005年7月にアメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ市で開催されたトニ・モリスン学会において、研究発表を行った。世界各国からの参加者があるこの学会において、研究発表したトニ・モリスンの『ビラヴド』論は高く評価され、会場からの質疑も活発であった。アメリカにおける逃亡奴隷を主人公にしたこの作品は、アメリカ社会における今日の人種分離(レイシャル・ディヴァイド)を、再考させる契機になる。ジョセフィーン・ベイカー論を書き進めるにあたり、大会参加を利用して、ベイカー生まれ故郷のセント・ルイスを訪ねた。かつて居住していた「小屋」はもちろんすでになかったが、その地域の通りの一つがジョセフィーン・ベイカー通りとなり、アメリカ社会がベイカーの存在を認識し、顕彰していることを知ったのも収穫であった。今大会参加のために、科研補助金を利用することが出来た。また奴隷貿易に関しての、研究も深めた。大西洋をはさんで、アフリカ大陸と南米、特にブラジルへの奴隷貿易は盛んであったが、ブラジルにおける、奴隷の子孫の共同体を調査することが出来たのは、この研究を複眼的にする目的から、非常に有効であった。キロンボと呼ばれる共同体のうち、一つを尋ねることが出来ただけであったが、逃亡奴隷の共同体が、21世紀の今日でも、黒人だけの充足した社会として機能している事実を見聞することができたのも、科研補助金のおかげであった。今年度、かなりたくさんの研究論文を書き上げることができた。今日、アメリカ合衆国における人種分離(レイシャル・ディヴァイド)は、法律上の平等化にも関わらず、ますます明白になってきているが、そのような状況にある、「アメリカ」を深く理解するためにも、この研究課題は重要であると考えている。これから本格的に執筆するジョセフィーン・ベイカー論の端緒となう文章を書き上げることが出来た。
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