本年度はまず基礎的作業として、ゾラの美術批評の精読と、その中で言及されている画家、作品、出来事等に関する調査をおこなった。批評中で言及されている作品の同定については、まだ不完全であるため、来年度も継続して調査を進める予定である。またゾラの小説作品および書簡に関する再読・分析の作業は、順調に進行しているが、やはり来年度以降も継続する。 本年度の研究成果は次の2点にまとめられる。 (1)ゾラの小説『パリの胃袋』と同時代の絵画に関する研究--ゾラの芸術小説としては、第14巻の『作品』が有名であるが、画家であるその主人公クロード・ランチエは、すでに第3巻『パリの胃袋』(1873)に初めて登場し、作品の美学的側面を支えている。クロードの主張する「現代芸術」は、鉄とガラスの建築物と静物画に代表される。とりわけクロードの理想は、中央市場の食物を「巨大な静物画」に描くことであったが、この問題に関しては、物質主義(マテリアリスム)および商品性の観点から、マネの静物画との関連が指摘できる。これについては2004年11月の日仏美術学会例会で報告し、次号の会報に論文が掲載される予定である。 (2)近代商業の表象としての「ショーウインドー」に関する研究--ゾラは芸術と商業の関わりに敏感であった作家である。ゾラの2つの商業小説『パリの胃袋』と『ボヌール・デ・ダム百貨店』は、いずれもディスプレー小説であり、「ショーウインドー」が重要なモチーフになっているが、同時代の絵画にも商店や売り子を扱った作品がある。代表的な絵画としては、マネの『フォリ=ベルジェールの酒場』、ティソの『女店員』そしてドガの『婦人帽子店』シリーズが挙げられる。ゾラや画家たちにおける近代商業の表象においては、女性の身体の断片化や商品化が頻繁に見られるが、彼らはまた近代の商業社会において、自分たち自身の芸術もまた商品であるという意識を持たざるを得なかったことがわかる。
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