本研究の最終年度に当たる本年は、ゾラと絵画の関係を考える上で欠かすことの出来ない小説『作品(制作)』を中心に考察し、これまでの研究と合わせて本研究をまとめることを目指した。 これまで、ゾラの小説と絵画の関係を、産業化や都市改造、商品経済、共和主義、ブルジョワ階級や労働者階級といった社会的視点において考察すると同時に、アカデミズム絵画、静物画、都市風景画、風俗画といった絵画傾向やジャンルの観点からも考察してきた。『作品』は絵画ジャンルで言えば「裸婦」、とくに「風景の中の裸婦」に相当し、マネやセザンヌ、ルノワールをはじめ、モダニズム絵画の中心主題を構成する。ここでは男性画家と女性モデルという、近代絵画のジェンダー的特性が顕著に認められる。 『ルーゴン=マッカール叢書』において、絵画ととりわけ関わりの深い小説は、第3巻『パリの胃袋』(1873)、第8巻『愛の一ページ』(1878)、そして第16巻『作品(制作)』(1886)であるが、この3作品において、物語と絵画との関わりには変化が認められる。まず『パリの胃袋』では、ゾラの描写は絵画と競合し、絵筆と絵の具の代わりにペンと言葉によって、タブローを制作しようとしており、描写が物語から独立して増殖する傾向を示す。一方、窓から見えるパリの風景を5回にわたって変奏する『愛の一ページ』においては、奔放な描写が小説の枠の中に嵌め込まれ、女主人公の心情を反映するものとなる。つまり描写が物語の構造の中に組み込まれる。さらに『作品』においては、主人公の画家クロード・ランチエが制作するタブローは、全編を通して1枚に集約されるが、さまざまに変容するそのタブローはほとんど実体の定まらない、きわめてテクスト的な存在であり、物語の核としての機能を果たしていることがわかった。
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